残像
3日前に父が亡くなった
脳出血で倒れてから21年の月日が流れていた。
人生の三分の一を病院や施設でお世話されながら
重度の障害を持って生きた父
私はそのことにずっと目を背け続けてきた。ずっと逃げてきた。
弟は施設に私よりはるかに多くの数訪問しているし
母は働きながはずっと父のお世話をしてる
みんなそうやって進行形の
いまの父を受け入れているのに
わたしだけは病に倒れる前の父の残像にしがみついていた
目の前に生きてる父に本気で向き合えていたのかな?
-答えはNoだと思う
病に倒れた後の父のこと
心の中に、不幸の対象としていて見てる自分がいて
祖父母も母も兄弟も自分も、関わる周りの人は皆
その不幸を背負って生きてきたんだと
どこか思っていたんじゃないのかな
父は確かに、無念だっただろう
家族は、確かに苦労が多かっただろう
けどそれを不幸として引きずりながら
21年間を過ごしてきたなら
私はほんとうに大馬鹿野郎だなぁって思った
遺影をみて 違和感を覚えた
私の知ってるお父さんじゃないって
自分が勝手にいまを生きてきた父のこと置き去りにしてきただけなのに
お父さんは死んで灰になって、もういないんだね。
わたしもそのときまで頑張るね。
またどこかで会えるといいね。